ALSOKあんしん通信

おじいちゃんとおばあちゃんの犯罪 −高齢化と犯罪の関係−

この記事では、高齢者の人口増加に伴う犯罪の罪種や背景に触れ、結びとして我々ができることを考えてまいります。

おじいちゃん強盗、あらわる!?

「すまんが、金を出しなさい。これは銃ですよ」
白髪頭の男性が物静かにこう言って、ビニール袋に包まれた拳銃をちらりと見せます。それを見た窓口の女性はぽかんと呆気にとられて、言われたとおりそっとお金を渡してしまいました。真っ昼間の郵便局、81歳のおじいちゃんはこのようにして最初の強盗を成功させ、ゆったりとした足取りで逃走したのでした・・・
とこれは本当にあった話ではありません。2009年に日本で公開されたハンガリー映画「人生に乾杯!」の一幕です。 映画ではこのあと強盗おじいちゃんが70歳の妻を連れて「紳士的に」犯行を重ねる様子がコミカルに描かれていますが、背景にあるのは年老いた夫婦が年金だけでは生活できない高齢社会の実情です。
生活に困窮した主人公が妻との生活のためにやむなく犯行に至る様子は、映画の中だけの問題ではありません。実は日本でも高齢者の犯罪が増えているのです。

増え続ける高齢者の人口

出典:総務省統計局 表1年齢3区分別人口及び割合(2020年、2021年)-9月15日現在

日本の総人口(2021年9月15日推計)は前年に比べ51万人減少している一方、65歳以上の高齢者人口は3640万人と前年(3618万人)に比べ22万人増加し、過去最多となっています。総人口に占める割合は29.1%と前年(28.8%)に比べ0.3%上昇し過去最高となりました。

高齢者人口及び割合の推移

出典:図1高齢者人口及び割合の推移(1950年~2040年)

総人口に占める高齢者人口の割合の推移をみると1950年(4.9%)以降一貫して推移は上昇しており、1985年に10%、2005年に20%を超え、2021年に29.1%となりました。総務省の資料によると2040年には35.3%になると見込まれています。

高齢化の波は犯罪の世界へも・・・

刑法犯認知件数は過去15年連続で減少しています。一方で、刑法犯検挙人員に占める高齢者の割合は増加を続けており、刑事施設に収容されている高齢収容者の高齢化とともに、出所した後の再犯率も他の年齢層に比べると高くなっています。
平成30年版の犯罪白書では、一層進む高齢者による犯罪及び高齢犯罪者の増加を踏まえた特集「進む高齢化と犯罪」が掲載されました。
令和2年の刑法犯に関する統計資料によると、65歳以上の高齢者刑法犯の罪種別割合は以下になります。

65歳以上高齢者刑法犯の罪種別割合

出典:令和2年の刑法犯に関する統計資料(警察庁)

高齢者による犯罪は、窃盗が全体の約2/3を占めています。 窃盗のうち約9割は万引きという結果です。
高齢者はどうしてこのような犯罪に手を出してしまうのでしょうか?
高齢者の万引き犯(被疑者)の犯行動機で最も多いものは「お金を払いたくないから(36.2%)」、次に多いものが「生活困窮」となっています(※)。高齢者の万引き犯(有罪確定)の犯行動機で最も多いものは「節約」「自己使用・費消目的」となっています。
また、高齢者の家計のゆとり状況(厚生労働省調査)では「大変苦しい」と「少し苦しい」の合計が55.9%となっており、生活に余裕がないことがうかがえます。

東京万引き防止官民合同会議「平成27年万引き被疑者盗に関する実態調査分析報告書」より

それでは、実際に高齢犯罪の事例をみていきましょう。

【たとえばこんな事件です】

  • 刑務所に戻りたい気持ちがあって犯行に至った事案
    76歳の男性は刑務所から仮釈放されたものの所持金を使い果たして路上生活を送るようになり、コーヒー1缶の万引きで逮捕となりました。「刑務所に入れば寝床と食事と作業がある」として本人はむしろ逮捕されることを望んでいたそうです。
  • 孤独が犯行の背景にあると思われる事案
    76歳の独身女性は健全な社会人として生活しており、犯罪歴はありませんでした。ところが両親の死亡後に孤独となり、生活には困っていなかったのに「私に注目している人はいない・・・」と考えて万引きを繰り返すようになりました。
  • 漠然とした経済不安から節約のため犯行に至ったと思われる事案
    75歳女性は生活に困っているわけではないけれども余裕はなく、「年金暮らしでお金を遣うのがもったいない」という理由でしばしば万引きをするようになりました。コンビニでの万引きが見つかったときは、配偶者と死別して単身だったそうです。

(平成20年度 犯罪白書より)

上記の事例から動機として多いのが、「生活の困窮」「孤独感・孤立感」といえます。
経済的な困窮によって刑務所に戻るために罪を犯したり、家族との死別後に孤独になったことで万引きに手を染めたりすることもあるようです。

高齢者の犯罪は、単にお金に困っているというわけではなく、家族からの孤立、社会的な孤立、近隣からの孤立とさまざまな周囲の環境により誘発されるといえるでしょう。

ではこういった犯罪に対して何か対策はあるのでしょうか?
小売店の防犯対策に関する資料では、実施している万引き防止策として多いのは「いらっしゃいませ」などの店員による声かけや高額商品・小物などのレジ前展示でした。このほか保安警備員を雇う、防犯カメラの導入などの対策がありますが、ここからわかるのは「人から見られている」「人から注意されている」という状況をつくるのが重要だということです。

小売店で実施している万引き犯罪防止策

出典:第12回全国小売業不明ロス・店舗セキュリティ実態調査分析報告書(平成30年全国万引き防止機構)

高齢者による犯罪の背景とは?犯行に至った高齢者の境遇を見てみると、1人暮らしである、親族と長い間連絡を取っていない、世間から疎外されている、差別されていると感じているなどの特徴が見られます。つまり原因は必ずしも経済的な問題だけではなく、孤独感や孤立感といった心理的要因も影響しているようです。

犯罪学の理論のひとつである犯罪機会論(※)によると、犯罪を生み出しているのは1人1人の人間の性質だけではなく、犯罪を起こりやすくする環境や状況であると考えられています。 つまり罪を犯そうとは考えていない人でも、機会があれば間違いを犯してしまう可能性が高くなるということです。 こう考えると、ちょっとした孤独感や孤立感が犯罪に結びつきやすい環境、高齢者に無関心な環境というのはそれだけで犯罪を生み出しやすい状況と言えるのではないでしょうか。

※犯罪機械論…犯罪の機会を会建てないことによって犯罪を未然に防止しようとする考え方のこと。

犯罪の少ない住みよい社会に向けて

現在、高齢者の単身世帯は増加しています。離れて住む祖父母の様子を確認したり、連絡をとったり家族でコミュニケーションをとることも高齢者の孤独や孤立を緩和させることにつながります。
また、顔見知りの人に会ったら挨拶をする、日頃からご近所づきあいを大事にする、地域に住む人々への関心を高めるなどのちょっとした気配りは、高齢者への思いやりだけでなく、犯罪の少ない社会を作るための第一歩でもあります。

ちなみに冒頭でご紹介した映画で、強盗を重ねた老夫妻はいったいどんな結末を辿ると思いますか? なかなかすてきなエンディングになっていますので、興味がある方はぜひご覧ください。

以上