ALSOK 将棋コラム

第72期ALSOK杯王将戦振り返り
-後編-

第四局
  • 第四局は羽生九段の先手。同じく先手番となった第二局では、相掛かりを採用しましたが、本局では角換わりを選択しました。オーソドックスな進行で、隙を見せずに手待ちする後手に対して先手がどの様に局面を打開するかが焦点となります。後手が定番ともなった5四銀~6三銀の手待ちを繰り返しているところ、6八金が羽生九段用意の作戦でした。
  • 図1図1 6三銀まで
  • 6八金は次に7八玉と寄って囲いを組み替える狙いです。組み替えによって、端攻めから遠ざかる利点がありますが、代わりに6筋からの攻めの当たりが強くなっています。過去の実戦例としては豊島九段-斎藤(慎)八段戦があり、第二局に続いて両者の対局をベースに羽生九段が改良を加えた作戦を披露する形となりました。藤井王将は組み替えに反応し、待機作戦から突如6五歩と開戦。いよいよ戦いが始まりました。
  • 図2図2 6五歩まで
  • 藤井王将の仕掛けに対して、同歩と対応して丁寧に受ける作戦もありますが、羽生九段は4五桂から6五歩と反撃含みの対応を取りました。こうされては藤井王将としても強く戦うほかなく、羽生九段のカウンターに藤井王将が凌げるかが、本局の焦点になりました。
  • 図3図3 7三角まで
  • 羽生九段が7三角と打ち込み6二歩成を狙った局面。後手はとりあえず6一歩と受けて何でもないように見えますが、2四歩、同歩、同飛が思いの外厳しく、2三歩には3四飛が5一角成、同玉、3二飛成を狙って厳しいです。2三歩に代えて2三銀が手堅い受けですが、同飛成、同金、7二銀が厳しく、こうなると後手玉は持ちません。それを踏まえて6一銀と受けたのが、藤井王将らしい読みの入った受けでした。ここに銀を使うのはもったいないですが、しっかり受ける必要があるとの判断です。羽生九段は止まることは許されず、2筋の突き捨てから桂成で攻めを継続します。
  • 図4図4 5二桂成まで
  • 桂成に対して、藤井王将は自然に同玉と応じました。同銀は6二歩成があるので自然な応手に見えますが、6四角成~2四飛で細いながらも攻めが刺さった形となりました。2三歩で簡単に受かるように見えますが、3四飛、3三歩、4四飛で同歩には5三桂成で潰れます。そこで、2三歩に代えて2三角がこれまた藤井王将らしい、読みのある受けですが、同飛~3一角が見た目以上に受けにくい攻めでした。
  • 図5図5 3一角まで
  • 4一桂には5三桂成、同銀、同角成、同桂、5四馬で銀二枚を持った先手の攻めが続く形です。本譜の展開を見ると、先手陣における6八金、7八玉が非常に安定感のある形で、羽生九段の作戦が生きた形となります。4二桂も一つの受けですが、7四馬が厳しく後手が持たない形です。藤井王将は6二銀の勝負手を繰り出しました。歩で取られてしまうために驚きの一手ですが、機能していない飛車金銀を何とか活用しようという意図が見えます。対して羽生九段が同歩成~4二銀以下正確にまとめ上げ藤井王将を追い詰めます。
  • 図6図6 8一馬まで(投了図)
  • 藤井王将の粘りにも丁寧に対応し、最後は羽生九段が即詰みに仕留めます。羽生九段が藤井王将を相手に快勝を収め、2勝2敗のタイスコアに戻しました。
第五局
  • これまでお互いに先手番を取り合う形で迎えた第五局。藤井王将としては落とせない一番であり、羽生九段としては何とか後手番の工夫を結果に結び付けたいところです。
    羽生九段は第一局では一手損角換わり、第三局では雁木を採用。本局の戦型も注目が集まりましたが、採用されたのは横歩取りでした。
    横歩取りは近年青野流によって採用数が激減し、一部の専門家以外は指さなくなった戦型という印象があります。
    後手に工夫が求められるこの戦型。羽生九段は横歩を取る形を選択しました。先後同型となりますが、後手が先手に追従することは少なく、後手の動きに先手が丁寧に対応することが多い印象です。
  • 図7図7 3七桂まで
  • 羽生九段は8六歩と垂らし、8八歩の受けに7七角成~6四角と、前例のある進行ながら、先に動きを見せました。対する藤井王将は3八銀。2八飛にも6九玉と後手の動きに丁寧に応じます。その後、2四飛成、2五歩、3四龍、2四飛、同龍、同歩という進行をたどり、羽生九段が2六歩と垂らす工夫を見せました。
  • 図8図8 2六歩まで
  • 2六歩は直接的には2七歩成~3七角成を狙っている厳しい手ですが、4五桂~6五桂と攻められる懸念もあり、決断の一手です。藤井王将としては丁寧に指す方針を貫くか、攻め合いに転じるか、決断が求められている局面です。熟考の末、藤井王将は4五桂の攻め合いを決断。逆に羽生九段は攻め合うか受けに回るか判断が求められる形になりました。羽生九段は熟考の末、2七歩成~2五飛と、飛車を手放しつつも両取りを掛け、駒得を主張にじっくりした展開を目指す方針を選択しました。
  • 図9図9 2五飛まで
  • 両取りが厳しそうに見えますが、2三歩成、同金、5三桂成、同玉の後、2六銀と飛車にぶつけたのが見事な手順でした。同飛には3五角の王手飛車があり、バラバラの後手陣は持たない形です。何とか局面を落ち着かせたい羽生九段は7五飛とかわし、7六歩にも5五飛と辛抱(※注)しますが、6六角で飛車を取られる形となり、藤井王将が優位に立っています。
    ※注:7六歩に同飛は、4五角が鋭い狙いを秘めた一手。後手は2三角成を受ける手(3四歩など)を指すと、4一飛、5二玉に6三角成が強烈。以下、同玉、6一飛成で、①6二歩合には7一龍で先手優勢、②6二角合には7二歩、同銀、5四金、同玉、6二龍と進み、銀取りと6五角の王手飛車取りの狙いが残っているため先手優勢です。
  • 図10図10 5五同角まで
  • 飛車角交換が行われた局面。2五飛で角金両取りが掛かりました。先手の技が決まっていそうですが、7七角成~2四歩と耐え忍び、8五飛の旋回に7三桂~6五桂の天使の跳躍で、まだまだ勝敗の行方は分かりません。羽生九段が苦しいながらも上手くバランスを取っている印象です。
  • 図11図11 6二同竜まで
  • 指し手が進み、藤井王将が6二竜と金を取った局面。先手玉も7七桂が不気味な存在で気を使う必要がありますが、それ以上に角と龍ににらまれた後手玉は詰めろが掛かり、危険な状況です。そこで4一金と羽生九段は守りを補強しました。この手が鍛えの入った受けで、5三銀と数を足されますが詰めろではないため、5六歩、同歩、4五桂と先手玉にプレッシャーを掛ける余裕が生じました。例えば後手が銀一枚手に入れると、5七銀から先手玉の詰みが生じてしまう形になっており、先手の攻め方に制約が生まれていることが分かります。
  • 図12図12 4五桂まで
  • 藤井王将は3五銀とじっとプレッシャーを掛けました。何でもないような手ですが、4二銀成、同銀、同角成、同金、4四桂、同歩、4三銀、同玉、4四銀、同玉、4二龍となった時点で持ち駒に金2枚があり、詰み筋が生じています。羽生九段は3三桂と逃げ道を用意して対応すると、藤井王将は4六銀と一転して受けに回る指しまわし。力のこもった攻防ですが、羽生九段が猛烈に追い上げています。
  • 図13図13 5四桂まで
  • 藤井王将が攻めに転じた局面。羽生九段は5一銀打と受けに回りましたが、4二角成、同銀に5三銀が好判断の決め手となりました。4二桂成~5三銀と、角を残すのが自然ですが、この場合は6六桂があり、同歩には6七角、4八玉には2六角があります。藤井王将の的確な判断が勝利をもたらす形となりました。戻って5一銀打では、5七銀から清算して8四角と王手龍取りが有力だったようです。玉を上部に逃がすため指し辛いですが、本譜を思えばこちらの方が後手玉は安全でした。
  • 図14図14 5四桂まで(投了図)
  • 最後は藤井王将が緩みなく詰まして勝利。お互いに持ち味を発揮した一局でしたが、結果として藤井王将が白星先行で、防衛に王手を掛けました。
第六局
  • 藤井王将が防衛に王手をかけて迎えた第六局。本局は羽生九段が先手。本シリーズはここまで先手が全勝しており、最終局へもつれ込む展開が十分予想されていました。本局も羽生九段の戦型選択が気になるところですが、角換わり早繰り銀を選択。藤井王将も早繰り銀で応じ、相早繰り銀となりました。お互いに玉周りの整備はそこそこに、早速3五歩と戦端が開かれました。
  • 図15図15 3五歩まで
  • 3五歩には同歩、同銀に8六歩~8五歩が一つの反撃手段。対して先手も3四歩と打ち、後手に壁銀を強要します。互いに主張があり、どちらがリードに結び付けられるかが問われる展開となりました。
  • 図16図16 3三歩まで
  • 藤井王将が8筋をへこませたことに満足し、今度は懸念となっている壁銀の解消を図りました。素直に応じては後手満足のため、羽生九段は6五歩~4六角と応戦。壁銀のまま、6筋方面で戦いを起こそうとしています。藤井王将としては局面を収めたいところですが、羽生九段は積極的に駒をぶつけ、藤井王将に落ち着く余裕を与えません。
  • 図17図17 6六同飛まで
  • 6六同飛となって、後手の受け方が問われています。6三飛成に加え、3三歩成~7四歩という攻めも残っています。藤井王将は7四角と設置。先述した攻めを防ぎつつ、4七角成も見せた一石三鳥の手です。羽生九段は角を打たせたことに満足し、3三歩成~4八玉と玉形の整備に移行しました。先手は持ち角、後手は歩得と双方に主張のある展開です。
  • 図18図18 3九玉まで
  • 技の掛け合いから一転、陣形整備となりました。羽生九段としては、角を手持ちにしている点が一つの主張でしょうか。ここで3三桂が好手でした。場合によっては4五桂~3七歩で襲い掛かる狙いを秘めた手で、7四角や豊富な持ち歩が生きる形となりました。主導権を握った藤井王将ですが、羽生九段も踏ん張り、じりじりとした攻防が続きます。
  • 図19図19 6四歩まで
  • 指し手が進み、羽生九段が6四歩と合わせた局面です。同歩には、同飛、6三歩、3四飛が狙いで、3二角成から3筋の突破と3六の銀取りを見ています。藤井王将はここで5七銀の踏み込みを見せました。これまでの流れと相反する手ですが、勝ちを読み切ったようです。6七飛、4六銀成、同歩に5六角と飛び出します。後手玉も6三歩成~6一銀で火が付きますが、一手空いた隙に3八角成から詰ましに行きました。
  • 図20図20 5七飛(投了図)
  • 5七飛で羽生九段の投了となりました。丁寧な受けから急にアクセルを踏み込む藤井王将らしい勝ち方で、シリーズ初の後手番勝利。同時に王将防衛を果たしました。
終わりに

第72期ALSOK杯王将戦七番勝負を簡単に振り返りました。多彩な戦型から両者の技術が遺憾なく発揮された名シリーズとなりました。今期はどのような七番勝負が見られるのか、筆者も今から期待に胸を膨らませております(執筆時期2023年10月)。