Always Essay ゆるゆるな日々 vol.8

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Always Essay ゆるゆるな日々

まっしろな旅

鈴木さちこ

雪が容赦なく舞う真冬のある日、日本最北端の稚内駅に向かうため、札幌駅から特急「スーパー宗谷」に乗った。札幌から稚内までは396・2キロメートル、乗車時間は約5時間もある。ただひたすら白い世界を走っていく。窓の外を見つめていると、日本か、異国か、夢の中にいるのかわからなくなる。札幌のホテルに、携帯電話を忘れてきたことに気がつく。しかも誰の電話番号も覚えていない。このまま人知れず消えてしまうのではないかと不安に襲われた。乗客もまばらな車内は無駄な音もなく、私は静かな世界に沈んでいった。
吹雪の中、稚内駅に到着。構内の観光案内所で、ひとりの女性が迎えてくれた。とても温かい人柄にほっとして、市内の交通や観光情報をたずねた後も、私はずいぶん長い時間そこにいた。「本州の人に海産物を送る代わりに、果物を送ってもらうの」と女性は笑う。なるほど、海の幸に恵まれているのは羨ましいけれど、稚内の気候だと果物を育てるのは難しいはず。その日はずっと吹雪で、ホテルの部屋から吹き荒れる黒い海を眺め、北国の厳しさを実感した。

翌日は嘘みたいに見事な晴天。空と雪のコントラストが眩しい。街中を歩くと、ロシア語の看板を至る所に発見。神社は鳥居の半分くらいまで雪で埋まっていて、参拝できない。犬は犬小屋で丸くなり、猫が雪の上で身体をこすりつけて甘えてきた。生まれて初めて食べた「たこしゃぶ」は絶品。この街では当たり前のことが、私にはどれも新鮮で楽しかった。旅の最後は流氷がゴロゴロ浮かんでいる海を横目に、バスで日本最北端の地、宗谷岬へ。「樺太が見えた!」いつの間にか不安は消え、私は今までにない清々しい気持ちで帰路についた。
観光案内所の女性とは今でも年賀状をやりとりしている。遠い北の地からはるばる届くその葉書が愛おしくて、私は何度も読み返しては眺める。突き刺すような寒さと、温かい笑顔の対比を思い出す。今度は短い夏の時期に訪れたい。美味しい果物をお土産にして。

すずき・さちこ

1975年東京生まれ。旅好きのイラストレーター・ライター。
「きのこ組」「うちのごはん隊」などのキャラクターを手がける。著書に『電車の顔』『日本全国ゆるゆる神社の旅』『住むぞ都!』『路面電車すごろく散歩』ほか。

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