Always Essay ゆるゆるな日々 vol.18

  • バックナンバー
  • 前号
Always Essay ゆるゆるな日々

75年目の夏

鈴木さちこ

私の両親は戦前生まれだ。父は7歳、母は4歳で終戦をむかえた。私が同じくらいの年齢になると、父はポツポツと戦争の話をした。東京大空襲のとき、疎開先から真っ赤な空が見えたとか、焼け野原で鉄屑を集めてお金にしたなど、自分の親が実際に経験した嘘みたいな事実にショックを受けた。家族全員無事だったものの、下町にあった父の家は東京大空襲で燃え、何も残らなかったという。焼け野原だったはずの日本に、草や木が生え、家やビルが建っていることが不思議でたまらなかった。私は、かつての戦争をもっと知りたくなった。

『はだしのゲン』(中沢啓治著)を何度も図書館で借りて読んだ。食卓に並ぶおかずを、タイムマシンに乗ってゲンに届けられたらいいのにと本気で考えたこともあった。私が小学校3年生のころ、中国残留孤児の方が肉親と再会して、涙を流すニュースが頻繁に流れていた。戦後40年だというのに、まだ戦争は終わっていないんだと感じたことを、はっきりと覚えている。

大人になると、鹿児島の知覧をはじめ、広島、長崎、沖縄などに足を運んだ。中でも私に熱く静かに語りかけてきたのは、長野県上田市にある戦没画学生慰霊美術館『無言館』だ。画家になりたいという願いは届かず、戦地で散っていった画学生たちの遺作が展示されている。作者たちは、みんなこの世にいない。ひんやりとした空気の館内で、その現実を痛すぎるほど叩きつけられた。戦場では絵が上手かろうと関係なく、ひとつの戦力として使われるしかないのだ。美術大学2年生で、ぬるま湯に浸かっていた私は、猛省した。平和で恵まれた環境に感謝して、自分の作品をひとつでも多く残さねばならないと。

父と母が生き抜いてくれたから、自分が今ここにいる。あのとき子どもながらに感じた使命のような気持ちは、忘れないでいたい。戦争当時の子どもたちはもうすでに、後期高齢者になっている。今のうちに彼らに話を聞いて、つないでいくべきなのかもしれない。戦後何年目の夏が訪れても、本当の意味で戦争は終わらないのだと思う。

すずき・さちこ

1975年東京生まれ。旅好きのイラストレーター・ライター。
「きのこ組」「うちのごはん隊」などのキャラクターを手がける。著書に『電車の顔』『日本全国ゆるゆる神社の旅』『住むぞ都!』『路面電車すごろく散歩』ほか。

Always Essay ゆるゆるな日々 vol.18

  • バックナンバー
  • 前号