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Always Essay 初めての・・・

3.ホクロの手術

小栗左多里

気づいたら、首の真後ろにホクロがあった。普段は忘れていて、たまに触って思い出したり、ホクロ占いで「着道楽」とかピンとこない結果が出るくらいだった。
しかし働き始めた頃、ホクロはだんだん存在感を増してきた。お風呂で首を強めに洗うと痛い時があるのだ。2日続けてやると気をつけるけれど、しばらくするとまたゴシゴシしてしまう。そのうち心配になってきた。刺激し続けると皮膚ガンになる可能性があるというではないか。ホクロ様に怯えながら洗うのも疲れるし、合わせ鏡で確認するのも面倒くさい。
そうだ、ホクロ、取ろう。
近所の皮膚科で手術を予約した。首の後ろだから、ベッドにうつ伏せになってやってもらうのかな? などと想像しながら、手術当日、病院へ。診察室には診察机とベッドのほかに、細長い木の机があった。先生はその机の前に丸椅子を置いて「ここに座って、机の上で腕を組んで突っ伏してください」と言った。あれ、割とカジュアル。でももちろん言われた通りの姿勢をとる。
 局所麻酔が打たれ、少しして手術が始まったようだ。何しろ、何も見えない。全身を耳化し、カチャカチャいう音と肌の感触で状況を把握しようとした。何分か経って、どうも切り終わったのではないか…もう縫い始めた気がする…手術も後半かなという、その時。先生が小さく言った。
「あっ」
えええ!?「あっ」てなに!? なに「あっ」て!? もう脳内はパニックでアホ化である。でも先生は無言に戻り、手術は続行。質問はできなかった。人間は怖すぎると聞けない。そんな知見を得て、手術は終わった。傷も順調に治り、先生には感謝している。しかし。しかし、お医者さんにもう一つだけお願いしたい。手術の技術とともに、ミスしても声を出さない訓練もしていただけないだろうか。
その後、ホクロが無くなったせいか服はさらに減ったが、首はのびのびと洗い放題の人生を送っている。

おぐり・さおり

岐阜県出身の漫画家。
著書に「ダーリンは外国人」「フランスで大の字」など。
近著「ダーリンの東京散歩 歩く世界」「手に持って、行こう ダーリンの手仕事にっぽん」。
2012~2019年までドイツ・ベルリンに居住。

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