Always Essay ゆるゆるな日々 vol.2

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Always Essay ゆるゆるな日々

水着で過ごした青春く

鈴木さちこ

美術大学に通っていた四年間、公共の温水プールで監視員のアルバイトをしていた。浪人生活を終え、鈍った身体を動かしたい!と勢いで決めた。お客さんではなくスタッフになると、いままで知らなかった温水プールの顔が見えてくる。
爽やかで健康的なバイト仲間たち。目上の人から名前を呼ばれるときは名字呼び捨ての体育会系。美大とは対照的な世界で、それがまた楽しかった。水着に白いTシャツ、首にはホイッスルを下げ、足下はビーチサンダルが定番のスタイル。仕事は、さまざまなポジションを5~6人のローテーションでこなしていく。タワー(はしごと椅子が合体したもの)からの監視、プールサイドを巡回するパトロール、受付、監視員室で待機(休憩)などがあり、私のお気に入りは、ガラス張りの司令室。休憩時間の放送や自分の好きな音楽を流せるので、ちょっとしたDJ気分が味わえた。
塩素の測定や注入、更衣室の巡回ほか、目立たないけれどやることはたくさんあり、動きっぱなしだった。慌ただしいバイト時間の中でも、至福を感じる瞬間がいくつもあった。大きな窓から差し込む太陽の光できらめく水面を眺めていると、作品制作のアイデアが浮かんだ。西日に変われば、オレンジ色に染まった水面が郷愁を誘う。ゆったりと泳ぐ人の美しさ。軌跡が波紋になり広がってゆく。その光景とプールサイドを流れる音楽がぴたりと合うと、まるで映画のワンシーンを見ているようだった。
ゆったりした曲を選曲しがちな私に「ボサノヴァは眠くなるからやめて」と笑って言う仲間がいた。お兄ちゃんのように慕っていたその人は、九州の地元に戻って学校の先生になったらしい。元気かな?怒ったり泣いたり、本音でぶつかっていろいろあったけれど、ほかの仲間を思い出すときも、みんな笑顔。プール監視員のアルバイトは、私の青春だった。久しぶりに、プールサイドでよく流していたスティービー・ワンダーのあの曲を聴いてみよう。そういえば、長年着用していない水着は、どこにしまってあるか忘れてしまいました…。

すずき・さちこ

1975年東京生まれ。旅好きのイラストレーター・ライター。
「きのこ組」「うちのごはん隊」などのキャラクターを手がける。著書に『電車の顔』『日本全国ゆるゆる神社の旅』『住むぞ都!』『路面電車すごろく散歩』ほか。

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