Always Essay ゆるゆるな日々 vol.3

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Always Essay ゆるゆるな日々

自家用車はタクシー

鈴木さちこ

私は実家暮らしの頃、特別なお嬢様でもないのに、ちょっとした買い物も、近郊の家族旅行もタクシーを利用した。目的地に到着すると、料金メーターが万単位の金額になるのを見て「すごい!」と驚き、みんなで笑う。そんなことができたのは、父が個人タクシーの運転手で、営業車が自家用車としても使われていたから。家の車がタクシーだなんて、何だか面白かったし自慢だった。カーナビが搭載されていないにもかかわらず、渋滞を避けて裏道をスイスイ進んでいき、我が父ながら感心することも多かった。まわりに流されることもなく、父の運転はつねに正確で穏やかで私はいつも安心していた。

いまでも他のタクシーに乗車すると、無意識に父と比べてしまう。安全運転か。地理的能力が優れているか。そして重要なのは、運転手さんの人柄。たった数分、数十分の間だけど、やっぱり気持ちよく過ごしたい。ある雨の日、駅から自宅へ3歳の息子とタクシーに乗った。運転もていねいで、物腰の柔らかな運転手さん。車を降りるとき息子が、不思議そうな顔で「じいじ?」と言った。なるほど、運転手さんの雰囲気が私の父と似ている。だから私も安心できたのかもしれない。運転手さんに訳を説明すると笑って息子の頭を撫でてくれた。
私はタクシーの運転手さんと話すことが好きだ。とくに地方に取材に行ったときは、会話も弾み、地元の美味しい店情報を聞き出したりもできる。初めて会い、おそらく二度と会うこともない関係。後腐れがないから楽しめるのかもしれない。父もお客さんとの会話を楽しんでいるのだろうか。人生相談されたことも何度かあるようだ。「小説が書けるくらい、いろんなことがあった」と、父が実際いくつかのエピソードを話してくれたことがあった。いつかそれを私が小説に書けたら最高の親孝行になると思う。
実家の車とはいえ、散々無賃乗車していたのでバチが当たったのか、困ったことがひとつ。誰かの車に乗せてもらうとき、後部座席のドアが自動で開閉するのを待ってしまう癖が染みついてしまった。これは、タクシー運転手の娘の宿命なのでしょうか。

すずき・さちこ

1975年東京生まれ。旅好きのイラストレーター・ライター。
「きのこ組」「うちのごはん隊」などのキャラクターを手がける。著書に『電車の顔』『日本全国ゆるゆる神社の旅』『住むぞ都!』『路面電車すごろく散歩』ほか。

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