Always Essay ゆるゆるな日々 vol.4

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Always Essay ゆるゆるな日々

路面電車は、人生のすごろく

鈴木さちこ

数年前、電車好きの私に編集者の方が「路面電車で何か面白い企画ができませんか?」と、声をかけてくれた。路面電車の路線図を広げ、レトロでおもちゃみたいな車両が走る姿を思い描いてみた。ゆっくり進んで、気になる駅で降りたり、乗ったり、また戻ったり。まるで、幼い頃よく遊んだ「すごろく」みたい。車両をコマにしたら、かわいいかも。幸運にも企画がとおり、全国21路線の路面電車を巡る旅がスタートしたのです。
北は北海道、南は鹿児島へ。どこに行っても、可愛い車両が迎えてくれた。路線ごとに違う個性の発見が楽しい。路面電車に乗っていると、その土地の素顔が見えてくる。朝の通勤、通学時間の新鮮な空気。昼下がりは、のんびりしていて眠くなる。夕陽が差し込む車内は、部活帰りの学生で賑わう。夜のきらびやかな繁華街を走るときは、わくわくする。車内で自然に会話が生まれることも特徴だと思う。他の電車やバスよりも、人と人との距離がちょうどいい。

富山ライトレールの取材で、歴史的な町並みが残る岩瀬へ立ち寄った。今にも雪が降りそうな寒さの中、ある洋品店に入ると、店主と会話が弾んだ。暖炉の前では、たくさんの猫が丸くなっている。ダンディな店主は、落ち着いた口調で「路面電車のスピード感は人生だ」と言った。私が取材の度に感じていたけれど言葉にできなかったことを、彼は言葉にしてくれた。その一言を聞いたとき、感動して泣きそうになった。このやりとりは、映画のワンシーンのように、今もしっかりと私の胸に刻まれている。
世の中の電車は、これ以上速くならなくてもいい。速いと景色を見過ごしてしまう。たとえ自分にとっては観光地であっても、その土地に住んでいる人には、当たり前の日常の時間が流れている。とくに何もない普通の日を過ごすことの幸せ。人々の生活に自然と溶け込んでいた路面電車は乗っているだけで、いろんなことを教えてくれた。いつか、私の住む街にも路面電車が走り、すごろく散歩ができますように。

すずき・さちこ

1975年東京生まれ。旅好きのイラストレーター・ライター。
「きのこ組」「うちのごはん隊」などのキャラクターを手がける。著書に『電車の顔』『日本全国ゆるゆる神社の旅』『住むぞ都!』『路面電車すごろく散歩』ほか。

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